川中工務店


  日本民家園旧江向家住宅保存修理工事  
 
平成10年度日本民家園旧江向家住宅保存修理工事
工事請負は、ジェクト株式会社
この工事の現場監督をやらせてもらいました。
民家園が好きになってきたのはこの頃からです。
     
 

私が、この道に入るきっかけとなったのが、現、日本民家園内にある、旧原家住宅の解体復原工事でした。
請負業者は、ジェクト株式会社(前・株式会社川崎組)という建設会社でした。
私の修業した会社です。(原家の時は、アルバイトで入ってました)

修理の私の仕事は、写真、実測、各職方の手元などをやらせてもらいました。
この仕事に対しての特別な勉強はしていなかったので、初めての経験をしました。

私の生まれ育った、川崎市中原区小杉陣屋町に原家は建っていました。
中原中学校の通学路で、毎日原家の横の道を歩いて学校に通っていました。
よく父が、お前の先祖が建てたものだと言ってくれました。

市川喜八が先代の棟梁で、工事期間中に亡くなりました。その息子が次の棟梁で、市川登代次郎(棟札に書いてあります)。
副棟梁がその弟で市川清次郎です。清次郎の二男が市川建造で私の祖父です。
市川健造は川中工務店初代で、原家が建った時に生まれたとよく言ってました。
その息子が父、英造です。さらにその息子が、市川茂、私です。

わたしにとって、原家住宅の復原工事を着手から竣工まで手がけさせてもらったことは、とても良い勉強になりました。

平成元年の原家の復原工事から民家園にちょくちょく行くようになり、平成8年くらいからしょっちゅう見に行くようになりました。 平成10年の江向家の工事を手がけたので、完成してから何度も足を運び、経年劣化などを心配し見に行ったことを覚えています。それが、私の勉強にもなったのです。何でこうなるのかが、よく分かりました。

昔を振り返れば、私の人生・仕事で最大の喜びは、先祖が建てた原家の工事にたずさわれたことです。それと私にとって大きな存在だった小山良一氏、私の親方です。
大工棟梁の黒澤正夫氏(文化財建造物木工主任技能者)。黒澤さんは、私の祖父から仕事を教わり、父と一緒に大工でたたき、私に指導してくれます。 市川家とは、3代の付合いだからとうれしいことを言ってくれます。

遠藤政雄氏(鳶)、三橋得二氏(茅)、職人さん達からもいろんなことを教わりました。 文化財修理の先生達からもいろいろ教わりました。みなさん、本当にどうもありがとうございます。
まだ私は、仕事のことは全然分かりません。教わったことを活かせれば、一生懸命やれば、良い技術が残ることを信じて、 今この時代の技術者の1人として、頑張っていきたいと思います。
これからもよろしくお願いします。

 
 
平成25年4月17日
市川 茂(49歳)
 

Copyright© KAWANAKA-Koumuten Inc. All Rights Reserved.